
北海道の、どこのSAで撮ったか忘れた。。
ちょっとあやしい雲のかかる初日の出。
◇
父が、亡くなった。
1月1日。午後2:18のことである。
享年満71歳。
お葬式では、数え年で言うものらしく、73歳、と。◇
時がすぎていく速さは、誰にでも平等なのだ。
そうじゃない、という理論もあるだろうが、今は、カタいことを言わずに。
どんな人も、動物たちも、命あるものはみんな年を経て、老いて、死んで行くもの。
◇
年末なので、飛行機も長距離フェリーも予約が取れなかったので、下の子を連れて、青森〜函館のフェリー乗船以外は、全行程、車で走った。
30日夕方に出発して、31日午後北海道に上陸して、1日の朝、旭川着。
午前中に付き添いをしていた妹と交代して、母と、下の子と一緒に病院に行ったのが1日昼頃。
数値が安定しているように見えたので、今のうちに、とみんなで廊下に出て昼食など食べていたら、看護婦さんが「血圧が下がり気味なので、しばらく見守ってあげて」と呼びに来て、そのうち、一旦家に帰った妹たちも呼んだほうがいい、と電話をかけて、あれよあれよという間に・・・
◇
みんながそばにいて、よかった、のだと思う。
何度も血圧が下がって、また元に戻っていたので、また同じように元に戻ると家族は思っていたのだけど。
ほんとうにやすらかな最期でした。
◇
本人の生前からの希望で、また、時期も時期なので、密葬ということで内々にお葬式を済ませた。
こんな時期に亡くなるかたは少ないだろう、と思っていたら、葬儀社の人の話では、とても多かったのだそうだ(あとで新聞のお悔やみ欄を見たら、本当に多かった)。
◇
密葬というのは、お悔やみ欄に「葬儀終了」と載せて、ああ終わった・・というものだと思っていたら、そうではなかった。
それを見て、父と縁のあったかたが、家に訪ねて来るのだ。
のんびりだらだらする、というわけには行かなかった。
◇
息子と私は、学校・仕事の都合で、またすぐに北海道を出発。
帰りは、また車で全行程・・というのはいやなので、苫小牧〜新潟港の長距離フェリーの予約が取れてよかった。
◇
というわけで、昨晩・・ではなく、日付が変わったので今朝未明、こちらに帰って来た。
夫は寝ていたけど、Tor は喜んでぴょんぴょん飛びついて(ほんとは悪いクセ?)挨拶してくれた。
ビターは・・ずっとうたた寝していた。。
◇
ちょっと書きたいこと。
うちのカーナビ、かなりなおばかさんであることが判明。
2年前の地図なので、たまに新しい道を知らないのはしょうがないのだけど、帰り道で、「道路状況が変わりました」などと言われ、指示通りに走って行ったら、国道を降りて県道に入り、そこが雪だらけで、どうしてこんな道路に入らなければならないのかどうしてもわからなかった(平行している国道のほうが絶対走りやすかったと思う)。
私は地名がわかっていないし、カーナビは雪のことがとことんわかっていないので、いつ上越市に着くのかなあなどと思っていたら、いつの間にか「上越」の文字が標識から消えて、全然違う方向に向かっていることがわかった時には、もう戻ることもできず、新潟と長野の県境は怖いので絶対高速を走るつもりだったのに、一番近いICを検索したら、「飯山」だと言いやがって、バカヤローッと悪態をついてしまった(下品で失礼)。
それでも、「他の車は平気で走ってるし」と息子が言うし(スキー客と地元っ子なら山慣れしていると思う)、飯山の入り口なら乗る価値があるのか、と、のろのろ運転で走っていたが、野沢温泉・戸狩や飯山の地名を聞くと、ああ豪雪のスキー場だ・・と足ががくがくしてしまった。
それでも、カーナビの大ぼけで県道に誘導された時以外は、異常なほど雪が少ないというだけあって、それほど苦労はしなかった。
また、飯山ICは、山を下ったところにあったので、今さら乗っても意味がない、と、高速には結局乗らなかった。
そして、そのあと、さらに、長野市に入ると思っていたら入ろうとせずに違う方向に誘導するので・・・もしかして、また山(菅平とか)に行こうとしているかも、と、今度は地元に近かったのが幸いしてカンが働いたので、カーナビの「遠いルートに進もうとしています。リルートします!」の声を無視して、強引に国道18号に入り、無事、知っている平たい道路に出た。
危ない。危ない。
雪の多い時なら、立ち往生していたかも知れない。
カーナビを設定する時は、必ずしも最短距離がいいわけじゃない、ということを、くれぐれも頭に入れておきましょう。
平地優先、っていうモード、ないのかなあ。。
◇
雪といえば、本当に家に近くなってから、道路が白くなってきていた。
他の地域は雨だったのに、ここは寒いから、だと思う。
◇
さて。
時間は容赦なく過ぎていくもの。
明日には、下の子も、また大学のそばのアパートに戻って行く。
またいつもの日々が、つづいて行く、のかな。
◇
父とは、いろいろケンカもしたけど、尊敬できる人だったし、やっぱり長生きしてほしかった。
1月1日に亡くなり、しかも、自分のエトのイノシシ年に、って、忘れっぽい私に、忘れるな、と言っているのかも。
家族は、誰も忘れないだろう。
◇
さあ、2007年の、スタートだ。
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